【アドラー心理学】「劣等感」をバネにして、「劣等コンプレックス」をやめる。

 

僕たちは常に生活の中で「劣等感」というものを抱えながら生きています。

 

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もっと背が高かったらなあ。
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もっと頭が良かったらなあ。

 

誰しもこう考えることはあるはずです。

この「劣等感」というものが人生における大きな悩みの一つではないでしょうか。

 

今回は、アドラー心理学における『劣等感との向き合い方』について見ていきましょう。

 

優越性の追求

 

人間は常に「理想を追求したい」「向上したい・成長したい」という欲求を持っています。

そのことを「優越性の追求」と言います。

 

しかし、この「優越性の追求」があるからこそ、人は「まだまだ理想とは遠い」と感じて「劣等感」を抱いてしまうのです。

 

劣等感は悪いものではない

 

優越性の追求も劣等感も病気ではなく、健康で正常な努力と成長への刺激である。

 

このようにアドラーも、「優越性の追求」や「劣等感」ということは悪いことではなく、成長するためには必要なことであると言っています。

 

劣等感は思い込み

 

ここで考えておきたいのは「劣等感」とは「思い込み」であるということです。

 

どういうことかと言いますと、

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自分はなんて臆病なんだ。

と考えるのも、

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自分はなんてリスクヘッジができるんだ。

と考えるのも、

 

「客観的な事実」ではなく、「主観的な事実」によるものです。

つまりは、「劣等感」は「思い込み」でどうにでもなるのです。

 

劣等コンプレックスをやめる

 

少し話が逸れてしまったので戻しましょう。

劣等感を感じることは健全なもので、仕方のないことだということはお分りいただけたと思います。

 

しかし、考えなければいけないのは、「劣等感」を感じた後にどうするかということです。

 

多くの人は、「劣等感」を感じた後、このような「劣等コンプレックス」に陥ってしまいます。

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東大に行きたいけど自分は頭が悪いから、辞めよう。

 

「劣等コンプレックス」とは「劣等感を言い訳にし始めた状態のこと」を言います。

 

この人は、「勉強をしたくないから、頭が悪いと思い込んだ」だけの話なのです。

本当に東大に行きたければ、「今まで勉強をしなかったから成績が悪かっただけだから、勉強をすれば成績は上がるはず。」となるでしょう。

 

優越コンプレックスをやめる

 

「劣等コンプレックス」の先に「優越コンプレックス」というものがあります。

 

「優越コンプレックス」とは「自分が優れているように見せるために振る舞うこと」です。

強い劣等感に苦しみながらも、努力や成長といった健全な手段によって保証する勇気がない。かといって、「AだからBできない」という劣等コンプレックスでも我慢できない。「できない自分」を受け入れられない。そうなると人は、もっと安直な手段によって補償しよう、と考えます。

出典 嫌われる勇気

 

「優越コンプレックス」の最たる例は「自慢」です。

 

なんの成長も努力もなく、手っ取り早く、言葉巧みにより自分が優れているということを見せつけるための方法が自慢です。

なので、「自慢をよくする人」というのは「劣等感」を感じ、「自分が優れていると認めて欲しい人」ということになります。承認欲求のために生きているとも言えます。

 

また、「不幸自慢」も劣等感を受け入れられず、「自分を認めて欲しい」という目的のために使う一つの手段です。

 

 

健全な劣等感とは

 

健全な劣等感とは他者との比較で生まれるものではなく、「理想の自分」との比較で生まれるものです。

出典 嫌われる勇気

 

本来の「劣等感」の感じ方とは、

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あいつは100点とってるのに、俺は取れていない。

ではなく、

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100点とりたかったけど、今回は90点だった。

というのものであるべきなのです。

 

つまり、他者と比較せず「自分の理想」を追い求めて「劣等感」を感じる。

その中で、その劣等感をバネにしてただ前に進み続ける。

 

これが健全な劣等感であり、健全な劣等感との向き合い方であるのです。

 

 

 

 

 

 

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