自己分析や性格診断の罠。自分自身にレッテルを張るな。

 

こんにちは。内向型で、HSPで、慎重で、神経質で、感受性豊かなnotです。

と、まあこういう風に自己分析・性格診断をしようとすればするほど自分の性格や気質が何だか言語化されていきます。

 

こういう風な、自分の言語化というものは楽しいものです。

何だか、『自分』というものが理解でき、『自分』はこういう人間なんだ。と感じることができます。

自己のアイデンティティの確立とでもいいましょうか。。

 

しかしながら、こういった自己のアイデンティティの確立は諸刃の刃です。

知れば知るほど、『自分』が理解できますが、『自分』を理解すればするほど『自分』が固定化され、『自分』の可能性が失われ、未知の『自分』が無くなっていきます。

 

それはどういうことかといいますと、

自己分析で「慎重」な性格と書いていたから、どんな物事も「慎重」に検討してしまうようになった。ということと同じです。

自分が「慎重」な性格だからといって、わざわざ「慎重」になる必要はないのですし、変化しないでいいというわけではありません。

 

つまり、自己分析・性格診断・才能というのは、あなたの『傾向』であって『全て』ではないということです。

 

性格・才能の扱い方

 

以前、下の記事で、性格(才能)とは誰にでも存在するものであるというお話をしました。

自分の『才能』を知って『強み』を作ろう。もうあなたに才能がないなんて言わせない。

2018年4月22日

 

ではこの性格をどう扱っていけばいいのでしょうか。

まず、自分の性格というものは何のために知るのかということから考えていきましょう。

それは、自分を知ることが楽しい人もあると思われますし、人生の指針を決めたい人や、就活のため仕事のための人もいるでしょう。

 

まず言いたいのは、人生の指針を決めるために性格を持ち込んではいけないということです。

性格を知ることとはあくまでも仕事や就活で成果をあげるために行うものであるということを覚えておいてください。

 

それはなぜかと言うと、

人付き合いが苦手な性格だから→人と関わらない生き方にしよう

と言う風に人生の指針を作っていってしまうと、

 

それは「自分」の人生ではなく、その「性格のレッテル」の人生になってしまいます。

 

人生の指針を決めるときは、「自分のやりたいこと」ありきで考えなければいけません。

 

この「自分のやりたいこと」ありきという考え方は、仕事や就活においても同様です。

 

ダメな例) 性格が◯◯だから、◯◯して生きていこう。

良い例) ◎◎して生きていたいけど、性格が◯◯だから、こうすれば◎◎に生かすことができる。

 

このように、性格・才能というものは自分の「傾向」であるので、仕事の成果を出したりするには非常に有用です。

自分の「傾向」を育てていけば、大きな強みになりますから。

自分の『才能』を知って『強み』を作ろう。もうあなたに才能がないなんて言わせない。

2018年4月22日

 

しかし、先ほども言いましたが、性格や才能が先行してしまい、「性格のレッテル」通りの人生を歩むことはやめましょう。

まずは、自分自身が「何をしたいのか」ということが大事です。

性格や才能は、自分が何か成し遂げるための道具でしかないのです。

 

性格という借り物のレッテルなんかで「人間」は規定されません。

「人間」とはもっと多様性に溢れ、自由です。

 

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