「今を生きる」ということを勘違いしていませんか?「生きる」を定義しよう。

 

こんにちは。not(@minimalman10)です。

 

みなさん。「今」を生きていますか?

実は、今を生きるということは凄く難しいことです。

なぜ、難しいのでしょうか?意識を「今」に向ければ良いだけではないでしょうか?

 

そして、「よし、今を生きよう」と思って、言葉だけなぞって精神論として受け入れてしまうのは非常に勿体無い気がします。

 

今回は、今を生きるということについて深掘りしたいと思います。

 

「今を生きる」とは「今を楽しむ」ことではない

 

多くの人は、「今を生きる」ということに大きな勘違いをしていることがよくあります。

 

この間までの僕がその一人です。

「今を生きるということは、今を全力で後悔なく楽しもう。明日地震で死ぬかもしれないし、勉強なんてしている暇はねえな。

でも、もし明日死なないのなら、将来の目標達成の勉強はするべきだし。。」

 

なんてことを考えていました。

 

ここでの勘違いの一つは、

「今を生きる」というのを「今を楽しむ」ということにしてしまうということです。

 

今を「生きる」というのは「楽しみ」だけでは無いです。

人生を生きて行く上では、「楽しみ」も「苦しみ」も両方存在します。

 

つまり、「生きる」というのは「楽しみ」も「苦しみ」も全てを受け入れた上での「生きる」ということなのです。

「楽しみたい」のであれば、それは「生きる」ではなく、「楽しむ」です。

 

人間は実は「苦しみ」しか感じない!?あなたは「刺激」に支配されていませんか?

2018年7月9日

 

 

生きるの定義

 

ちなみに僕は、「将来の目標達成」に価値を置いており、

例え、そのために勉強をしていて「苦しみ」ながら「今」を生きていたとしても、それはそれで受け入れているので幸せで満足です。

明日、僕が死んだとしても後悔はしないでしょう。なぜなら、「今」を全力で「生きて」いたからです。

もちろん、「楽しみ」ながら勉強することができたのなら一番いいと思いますが、、、

 

つまり、僕にとっての「生きる」の定義「将来の目標達成」なのです。

 

ちなみにその目標とははこれです。

 

 

この「楽しく生きる」という目標のために僕は苦しんで生きていて死んでしまったとしても僕はそれを受け入れます。

そこに後悔はありません。ちなみに、これはあくまで僕の定義です。

 

 

また、もしあなたが「生きる」の定義を、「全力で楽しむこと」にするならばそれはそれで良いでしょう。

 

将来のための努力も、将来設計も必要ありません。今「やりたいこと」や「好きなこと」をすればいいのです。

別に苦しもうとしないでよくて、自分の楽なように、楽しいと思うことをすればいいのです。

 

つまり、自分が何を信仰して生きて行くかということです。

もちろん、この生きるということの定義には優劣はありません。

 

「逃げること」に罪悪感を感じてしまう人へ。正義を決めるのは自分自身のみ。

2018年8月20日

 

「好き」と「楽」は違う

 

なんだか、今回はわかりにくい話が盛り沢山ですが、、どんどん行きます。

 

例えば、「生きるの定義」「好きなことして生きていく」にした場合は、

 

案外、「好きなこと」をするということを「楽をすること」と勘違いしている人が多いのですが、

これは「楽」も「苦」も両方受け入れた生き方です。

 

なぜかというと、「生きる」というのは先ほど説明した通りであり、

「好きなことをする」というのは「楽」することではなく、「苦しみ」もあった上での「好きなことをする」ということです。

もし、苦しまずに好きなことをしたいのであれば、「楽な好きなことをする」です。

 

好きなことで生きていく皆さんへ。『好き』と『楽』は違いますよ。

2018年6月25日

 

いかがでしたでしょうか。

僕も書いていて頭が割れそうでした。。

 

毎度言っていますが、結局は、自分が何を選択し、何を信仰するかということですし、

その信仰を受け入れているかということです。

 

まとめると、

その信仰を受け入れながら、その信仰に必要なことを「今」行うというのが「今を生きる」ということです。

 

「自分」という宗教を確立しよう。「正解」は「信仰」でしか生まれない。

2018年8月17日

 

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