『足るを知る』の本当の意味知ってますか?続きがあるの知っていますか?

 

「足るを知る」という言葉は老子が言った言葉とされ、「既に十分満足であることを知っている」という意味があります。

世間一般では「足るを知る」単体の言葉として使われることが多いようですが、実は、その「足るを知る」にも続きがあるのです。

 

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それは「足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り」です。

 

今回は「足るを知る」という言葉について深掘りし、「足るを知る」と言った老子が本当に伝えたかったことを紐解いていきます。

 

『足るを知る』ことができる人とは

 

ここからは『足るを知る』について少し深く考えていきましょう。

『足るを知る』とは「身分相応に満足できる人」や「既に十分満足できる人」という意味がありますが、

 

具体的には、『足るを知る』ことができる人とはどのような人なのでしょうか?

 

僕は、二つの特徴が挙げられると考えています。

  1. 感謝できる人
  2. 同じ刺激を理解している人

 

1)感謝できる人

 

まず一つ目は、『感謝できる人』です。

 

「ご飯が美味しい」とか。「景色が美しい」とか。「友達とこうして笑いあえているのが楽しい」とか。

「漫画が面白い」とか。「ゲームが楽しい」とか。「子供が可愛いな」とか。

 

これらのことは、全て「生きているからできること」なんですよね。

今、生きていることに感謝できる人は、生きていておこる全ての事象が有難いわけです。生かされているおかげで、それを体験しているわけですから。

 

そんな、「生きていることに感謝なんて実感がなくて難しい」と思うかもしれません。

それはそれで仕方がないです。基本的にみんな生きていることが当たり前なので。

しかし、上にあげた例のご飯が美味しいことなどは感謝できるでしょう。

 

こういう日常生活の当たり前のことに小さな感謝を増やすことが、満足感や幸福感に繋がっていき、これで十分満足であるということがわかってくるはずです。

 

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「今、幸せだな」「今、楽しいな」ということを意識することが「足るを知る」ことの第一歩です。

 

 

年収90万円で、幸福を感じている人だっているのです。僕らに、日々の生活で幸福を感じれないわけはありません。

 

 

 

2)同じ刺激を理解している人

 

二つ目は、『既に十分であると理解している人』ということでもあります。

 

どういうことかと言いますと、

 

例えば、焼肉を食べに行くとします。焼肉。美味しいですよね。お腹いっぱいになりますよね。

しかし、家でご飯を炊いて、味噌汁を作って食べても美味しいですし、お腹いっぱいになります。

 

この二つの食事の後の満足感や美味しかったという感情は同じなわけです。

 

じゃあ、「別にご飯と味噌汁でいいじゃないか」ということです。ご飯と味噌汁で既に十分なわけです。

 


 

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結局は同じ刺激でしかないと理解している人既に十分であると理解している人であり、足るを知っている人であるのです。

 

 

 

この本は下の記事にもまとめましたが、「物」と「刺激」と「お金」について詳しく書かれています。

「刺激」と「慣れ」の繰り返しに飽き飽きしている人はオススメです。

 

 

「足るを知るの続き」と「老子の真意」

 

では、老子は本当は何を伝えたかったのでしょうか?少し現代語訳と照らし合わせてみていきましょう。

 

『書き下し文』

人を知る者は智、自ら知る者は明(めい)なり。人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志有り。その所を失わざる者は久し。死して而(しか)も亡びざる者は寿(いのちなが)し。

 

『現代語訳』

他人を理解する事は普通の知恵のはたらきであるが、自分自身を理解する事はさらに優れた明らかな知恵のはたらきである。

他人に勝つには力が必要だが、自分自身に打ち勝つには本当の強さが必要だ。

満足する事を知っている人間が本当に豊かな人間で、努力を続ける人間はそれだけで既に目的を果たしている。

自分本来のあり方を忘れないのが長続きをするコツである。死にとらわれず、「道」に沿ってありのままの自分を受け入れる事が本当の長生きである。

 

引用 ちょんまげ英語日誌

 

「足るを知るの続き」

 

足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志有り。

 

これが「足るを知る」の続きです。『強めて行う者は志有り。』あなたは聞いたことありましたか?

そして、現代語訳はこうなっています。

 

満足する事を知っている人間が本当に豊かな人間で、努力を続ける人間はそれだけで既に目的を果たしている。

 

つまり、老師は「足るを知り、満足する事を知る豊かな人間になれ」と言ったのではなく、

 

「満足することのできる豊かな人間になり、努力を続けることができ、自分に打ち勝つことのできる真に強い人間になれ」

と言いたかったのではないでしょうか?

 

努力を長続きさせるコツ

 

また、この中で老子は、

自分本来のあり方を忘れないのが長続きをするコツである。

と言っています。

 

この「自分本来のあり方」を忘れないのが「努力を長続きさせるコツ」であるというのは、

つまり「好きなこと・やりたいこと」や「本当に目指したい事」「人生で成し遂げたいこと」を自分を見つめ直して見つけるべきということではないでしょうか?

 

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「好きなこと・やりたいこと」や「本当に目指したい事」「人生で成し遂げたいこと」というのは正に『情熱』とも言えます。

 

本当に『情熱』の燃やせる事を見つければ努力は簡単に長続きするという事です。

 

 

本当の長生きとは

 

死にとらわれず、「道」に沿ってありのままの自分を受け入れる事が本当の長生きである。

 

最後に老子はこのように言っています。

これはつまり、「死に囚われながら恐怖と不安の中で長生きすること」よりも、

「ありのままの自分を受け入れながら死に対する不安も恐怖もなく早死にすること」の方が真の長生きであるということです。

 

これまでのことをまとめてみますと、

 

「満足できる本当に豊かな人間になり、本来の自分を知りながら自分に打ち勝ち、努力のできる強い人間になろう。

そして、そのような自分を全て受け入れ、死に臆することなく生きる真の長生きをしよう。」

 

と、老子はこう言いたかったのではないでしょうか?

 

終わりに

 

まあ、真に老子が伝えたかったことなんて、死んだ老子しか知らないのです。宗教なんてものは、弟子達の解釈により、誤っていることも多々あります。

しかし、それを読み取り、自分たちがより良く生きるために再解釈することに努めることが今を生きる僕たちの役目だと考えています。

 

現代人は言葉をそのままの意味で受け取ってしまいがちですが、本来の意味というのは言葉をなぞるだけでは理解することができません。

もし、「足るを知る」だけを言葉の意味のまま受け取って実践していると、「目的意識を持って努力する」という考えは出てこないでしょう。それはとても「危険なこと」だと思います。

 

特に古典は様々な解釈があるので、自分で考えなければ、意味不明な解釈で理解してしまうことになります。

 

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「本質」というのは自分で考えて抜いた先にしかないのではないでしょうか?

 

「自分」という宗教を確立しよう。「正解」は「信仰」でしか生まれない。

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