「逃げること」に罪悪感を感じてしまう人へ。正義を決めるのは自分自身のみ。

 

こんにちは。not(@minimalman10)です。

 

あなたは逃げたことがありますか?

苦しくなって逃げたことはありますか?

そんな時、逃げてしまうことはいけないことだと罪悪感を感じたことはありませんか?

 

今回は、逃げることについてもう一度考え、再定義して行きたいと思います。

 

 

逃げることは悪いことか

 

僕は、逃げること自体は悪いことだとは思っていません。

こちらの記事にも書きましたが、逃げることとは生きるためのただの手段の一つなだけです。

 

しかし、なぜか罪悪感を感じてしまうのが、人間であり、日本人です。

もはや逃げるということがネガティブワードになっていることすらおかしいのですが、

僕たちの脳内には逃げるというのはマイナスイメージでこびりついてしまっています。

 

しかしながら、逃げることにも種類があるのです。

 

「良い逃げ」と「悪い逃げ」

 

僕は、「逃げること」には「良い逃げ」と「悪い逃げ」の二つがあると思っています。

 

まず、「良い逃げ」というのは、

「自分の気持ちに正直な逃げ」「最適な環境を整えるための逃げ」のことです。

もはや、この逃げは「変化すること」や「戦略的撤退」とも言い換えることができます。

 

一方、「悪い逃げ」というのは「自己欺瞞の逃げ」や「楽をするために信念を捻じ曲げる逃げ」

という、「自分の気持ちに嘘をつく逃げ」のことです。

 

じこ‐ぎまん【自己欺瞞】 自分で自分の心をあざむくこと。 自分の良心や本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること。

引用 コトバンク

 

つまり、自己欺瞞とは、「やりたいこと」があったとして、その「やりたいこと」に対する困難な壁があり、

その壁が乗り越えられないから、自分が成し遂げたいことを隠して「俺はそこまでやりたくなかった」と言って自分に嘘をついて逃げてしまうことです。

 

悪い逃げは悪いのか

 

じゃあ、「悪い逃げ」なら「逃げること」は結局「悪いこと」じゃないかと思われますが、

この分け方はあくまで僕の分け方であり、「逃げその1」「逃げその2」でも良いんです。

 

つまり、逃げを「正義か悪か」にするのは自分次第だということです。

 

もし、「逃げることはいけないことだ」という意思を持っている人「逃げること」自体が悪くなります。

もし、「逃げても良いけど自分の意思を曲げることはいけないな」という意思を持っている人は、先ほど分けた「良い逃げと悪い逃げ」に分かれます。

もし、「とにかく逃げる。俺は自分を曲げてでも、個性が死んでも、楽したい。」という意思を持っている人は、「逃げること」自体全てを肯定し、自己欺瞞でも、正当化でも、なんでも使い、あらゆる手段を行使して楽を掴みにいきます。

 

この3つ。どれが素晴らしいと思いますか?

ちなみに僕は、2番目信仰です。

 

 

多分、日本人なら1番目を美しく立派なことであると感じる人が多いのではないでしょうか。

しかし、本質的には全て同等です。人生に価値なんてないので、そこに価値なんてあるはずがありません。

しかし、「僕」にとっては2番目が価値のあることであるのです。それはあなたの選択によって変化します。

 

 

結局は、全て宗教による信仰心なんです。

自分が何を信仰するかによって物事の正解は変化してしまうのです。

 

「自分」という宗教を確立しよう。「正解」は「信仰」でしか生まれない。

2018年8月17日

 

多くの人が「逃げてはいけない教」

 

日本では、なぜか先ほどの1番目に出てきた、「逃げてはいけない」という意思を持った人、つまり「逃げてはいけない教」としましょうか。この「逃げてはいけない教」の人が多いのです。

 

なので、「逃げてはいけない教」の人が多くいるのなら、「逃げてはいけない」という風潮があるのも当然です。

だから一部の「逃げてもいいんじゃね教」の人がいれば宗教戦争の始まりです。

 

「逃げるのは悪だ。」「働かないのは悪だ。」「ニートクソ。」という風潮が強いのはそのためです。

 

もし、「逃げること」に罪悪感を感じるのならば、一度自分は何を信仰しているのかを考えてみてください。

もし、1番なら、罪悪感を受け入れなければいけませんし、

もし、2番なら、それが自分の意思と反しているかどうかを見定めなければいけません。

もし、3番なら、全てを肯定して、自己欺瞞でもなんでもして、自分を楽な状態にするように努めなければいけません。

 

あとはあなたが何を信仰するかだけです。

 

最後に、アニメ大嫌いな僕がこの間初めて全話見るというぐらい面白かった、

「この素晴らしい世界に祝福を!」の中に出てくるヒロインが教祖の宗教の教義を載せておきます。。

特にこの記事とはなんの関係もありませんが、僕がいい教義だなと思っただけです。

 

ネタバレが嫌な方はそっと閉じてください。

 

アクシズ教徒はやればできる。
できる子たちなのだから、うまく行かなくてもそれはあなたのせいじゃない。
上手くいかないのは世間が悪い。

自分を抑えて真面目に生きても、頑張らないまま生きても、明日は何が起こるか分からない。
なら、分からない明日の事よりも、確かな今を楽に行きなさい。

汝、何かの事で悩むなら、今を楽しく生きなさい。楽な方へ流されなさい。
水のように流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい。

嫌な事からは逃げればいい。逃げるのは負けじゃない。逃げるが勝ちという言葉があるのだから。

迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの。
どうせ後悔するのなら、今が楽ちんな方を選びなさい。

悪人に人権があるのならニートにだって人権はある。
汝、ニートである事を恥じるなかれ。働かなくても生きていけるならそれに越した事はないのだから。

汝、我慢をする事なかれ。
飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。
明日もそれが食べられるとは限らないのだから。

汝、老後を恐れるなかれ。
未来のあなたが笑っているか、それは神ですら分からない。
なら、今だけでも笑いなさい

エリスの胸はパッド入り

※出典 「アクシズ教 教義湯呑み」より

 

 

これは3ですかね。。笑

アクシズ教にとっては、「逃げること」が悪になることはなさそうですね。。

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